
『Super Agers: An Evidence-Based Approach to Longevity』って本を読みました。著者は心臓専門医で遺伝学者のエリック・トポル先生。査読付き論文1,200報以上、引用数は37万回超えの、数字のケタがもはやよく分からんレベルのガチの研究者です。
近年長寿に関する主張はいろいろ見かけますが、正直、かなりうさんくさいものも多いじゃないですか。「これを飲めば若返る!」みたいな話がうようよしてて、科学というよりほとんど願望の世界。私はその手の話は聞き流すようにしてますですが、この本は格別。副題に「エビデンスに基づくアプローチ」って入ってる通り、トポル博士が、巷の誇大広告やニセ科学をバッサバッサと切り捨てて、「今の科学で確実に言えることだけを教えるから、よく聞け!」と、大量のデータで殴りつけてくるような一冊でした。
ってことで、今回は、本書から参考になったポイントをまとめておきます。
長寿は「遺伝」じゃなく「選択」だった
いきなり結論から言うと、この本の根幹をなすメッセージは「健康長寿の9割は遺伝子じゃなく、生活習慣で決まる」ってこと。
トポル博士はもともと、「ウェルダーリー(Wellderly)」と呼ばれる、大きな病気もせずに85歳を超えた健康な人たちの遺伝子を調べまくっていたらしい。当初の仮説は、「彼らには何か特別な“長寿遺伝子”があるに違いない」というもの。
ところが、結果は真逆。彼らの遺伝子を一般人と比べても、統計的に意味のある差はまったく見つからなかった。じゃあ何が違ったのか? それが「ライフスタイル」だったんだ、と。彼らは平均より痩せてて、よく動いてて、歳をとっても社会とのつながりや生きがいを持っていた。両親や兄弟が早くに亡くなってるのに、本人だけピンピンしてる98歳の女性とか、事例がゴロゴロ出てくる。
これは、希望であると同時に、結構キツい宣告ともいえるでしょう。つまり、不健康な生活の結果を「うちはガン家系なんでー」とか「遺伝なんでー」って言い訳が、もうできなくなったってことなんで。長生きできるかどうかは、遺伝ガチャの「運」じゃなくて、日々の自分の「選択」の問題だと、科学が突きつけてきてるわけです。
目指すは「スーパーエイジャー」
じゃあ具体的に何を目指すのかって話ですが、トポル博士は「寿命(Lifespan)」を伸ばすことには、実は結構冷ややか。老化を逆転させるみたいなSF的な話は「熱狂しすぎだ」と一線を画していて、もっと現実的な目標を掲げておりました。それが「健康寿命(Healthspan)」の最大化です。
60歳以上のアメリカ人の95%が何かしらの慢性疾患を抱えてる!なんてデータは衝撃的だったりしますが、要は、ただ長く生きるんじゃなくて、病気で苦しむ期間を極限まで短くして、死ぬ直前まで元気でいようぜ、と。病気で弱った「イルダーリー(Illderly)」じゃなく、健康な「ウェルダーリー(Wellderly)」になる。この本では、それを「スーパーエイジャー」と呼んで、そのための具体的な青写真を示してくれます。単なる「アンチエイジング(抗老化)」っていう守りの姿勢じゃなくて、「スーパーエイジャーになる」っていう攻めの目標設定。この辺のブランディングが、うまいなーとか感じましたね。
最強の処方箋は「ライフスタイル+」
じゃあスーパーエイジャーになるにはどうすりゃいいんだ、と。本書が提示する答えは驚くほどシンプルで、以下の4つの柱からなる「ライフスタイル+」プロトコルを徹底しろ、というもの。
- 栄養: とにかく「抗炎症」。博士が推奨するのは地中海式食。で、徹底的に避けるべき敵として名指しされてるのが超加工食品(UPF)。「パッケージ、箱、缶に入っている食品は、おそらく問題がある」という博士の言葉は強烈。もはや食品というより「食品の形をした工業製品」で、腸内環境を破壊し、脳をバグらせ、過食を誘発するように設計されてる。これを断つだけでも、人生が変わるレベル。
- 運動: 博士曰く「我々が知る限り最も効果的な単一の医療介入」。しかもタダ。有酸素運動で細胞のエネルギー工場(ミトコンドリア)を増やし、筋トレで筋肉の減少(サルコペニア)と戦う
- 睡眠: 深い睡眠中に脳内のゴミ(アミロイドβとか)を洗い流す「グリンパティック系」っていう浄化システムが働くが、これ、いわば「脳の食洗機」。たった一晩の寝不足で、この食洗機の働きがガクンと落ちて、脳にゴミが溜まり始める。さらに衝撃的なのは、一般的な睡眠薬はこの「脳の食洗機」の機能を阻害する可能性がある、という指摘。薬に頼る前にやることあるだろ、と。
- 心の健康(+因子): 生きがい、楽観、感謝。こういう精神論っぽい話も、本書ではきっちり科学の言葉で語られてます。ポジティブな心理状態が、体内の慢性炎症を抑える「免疫系」に直接影響を与えることが、データで示されてるんですね。孤独は喫煙に匹敵する死亡リスクだ、なんて言われると、さすがに無視できない。
血液一滴でがんを見つけ、ゾンビ細胞を掃除する時代へ
ライフスタイルが基本とはいえ、そこはテクノロジー楽観主義者のトポル博士。未来の医療の話もてんこ盛りで、これがまたワクワクしました。
- リキッドバイオプシー: 血液一滴で、がんを画像診断より数年早く発見する技術。がん検診の概念が根底から覆るかもしれない。
- エピジェネティッククロック: DNAの状態で、「生まれてから立った時間」を示す年齢とは違う「本当の生物学的年齢」がわかる
- 新しい薬: 肥満治療薬として有名なGLP-1作動薬が持つ強力な抗炎症作用や、体内に蓄積して炎症を引き起こす「老化細胞(ゾンビ細胞)」だけを選択的に除去する「セノリティクス」
重要なのは、これらの新技術はライフスタイル改善を「不要」にするものじゃないってこと。むしろ、自分のリスクを正確に知ることで、「ヤバい、ちゃんと運動しよう」っていう強力なモチベーションを与えてくれるツールになる、と博士は考えてるわけです。
まとめ
本書が突きつけてくるのは、「健康長寿は、遺伝という運命ではなく、知識と行動で手に入れるスキルである」という、ある意味で非常に厳しい現実。
これからの社会は、たぶん「知っててやる人」と「知らずに(あるいは知っててやらない)老いる人」の健康格差が、とんでもないことになるぞ、と。本書はその格差社会を生き抜くための、最強の教科書であり、武器になるはず。もちろんこの知識をどう使うかは、完全に自分次第ですが。
まずは、その辺のコンビニで売ってる「食品の形をした工業製品」をそっと棚に戻すところから始めるのが、一番手っ取り早い第一歩かもしれませんねー。おすすめです。