
『サーモン・キャノンと宙に浮くカエル(The Salmon Cannon and the Levitating Frog)』って本を読みました。著者のカーリー・アン・ヨークさんはイカの生体力学なんかを専門にしている動物生理学者でして、本書は、いわゆる「一見ばかばかしい基礎科学(Silly Science)」がいかに世界をひっくり返すイノベーションを生み出してきたかを、これでもかとばかりに叩きつけてくる一冊になります。
そもそもですが、個人的に最近、今の世の中は「で、それいつ儲かるの?(ROIは?)」って圧力が異常に強すぎる気がしています。
もちろんビジネスにおいて投資対効果は絶対なんですけど、最初から「社会課題解決!」みたいな優等生的な目的論で縛り付けると、結果的に小粒でつまらない改善しか生まれないんですよね。
そんななかで、本書は、そんな「応用偏重・コスパ至上主義」の現代に対する、最高に皮肉で痛快なカウンターパンチになっておりまして、なかなか胸躍ったので面白かったポイントをメモしておきます。
- オープニングのきっかけが最高にリアルで、著者が動物園でボランティア中に元軍人から「なんでイカの動きなんか調べるのに俺たちの血税使ってんの?」って聞かれて言葉に詰まった経験から、この本は生まれたそう。アメリカの政治家なんかも「スキューバダイバーに対するマリファナの影響」みたいな研究を税金の無駄遣いだとメディアで晒し上げたりしてるらしいんですが、実は米国の経済成長の50%以上が基礎的な発見に由来してるってデータもあるんだそう。応用技術ってのは、基礎研究という名の「一見無駄な巨大な氷山」の下地があって初めて成り立つわけで、目先の無駄を摘発してドヤ顔してる権力者は、未来のインフラの芽を自ら摘み取っていると言わざるを得ないわけですね
- 一番痺れたのは、爬虫類の毒素から数兆円規模の肥満治療薬が生まれたって話。アメリカドクトカゲってやばいトカゲの唾液成分を純粋な好奇心で調べてたら、人間の血糖値を長時間コントロールできるペプチドを発見しちゃって、それが今のオゼンピックとかウエゴビみたいな世界的ブロックバスター薬の爆誕に直結してるらしい。他にも、下村脩先生が「光るクラゲ」をこれまた純粋な興味で追いかけたら、がん細胞を追跡できるGFPの発見に繋がってノーベル賞を獲っちゃったり。生物の根源的なメカニズムって全生物で驚くほど共通してるんで、トカゲの毒だろうがハエの交尾だろうが、徹底的に深掘りすれば最終的に人間のテクノロジーにブーメランみたいに返ってくるんですよね
- 物理学や流体力学の応用例もめちゃくちゃ面白かったです。ある科学者がオムツ替え中に赤ん坊におしっこをひっかけられたのを機に「哺乳類の排尿」をマジメに研究したら、「体重3kg以上の哺乳類はだいたい21秒でおしっこを終える」って普遍の法則を見つけちゃったらしい。笑い話みたいだけど、これがいま人間の前立腺肥大とか泌尿器系疾患の非侵襲的な診断デバイスの基礎になってるんだそうな。あと、シャコが獲物をぶん殴る時の超高速パンチ(時速80km)で生じる「キャビテーション(空洞現象)」の研究が、潜水艦のプロペラの摩耗問題の解決策になったりしてます。私が大好きな「Primitive Technology」の動画なんか見てても常々思いますけど、自然環境のなかで何百万年もサイレントに繰り返されたトライアンドエラーによる物理構造って、人間の小賢しいエンジニアリングを軽く凌駕するんですよね
- インフラや環境問題の解決策も、動物の「変な習性」をハックした方が早い。タイトルにもなってる「サーモン・キャノン」は、ダムで遡上できなくなった鮭を、果物輸送用の真空チューブ(大砲)に吸い込んでピューンって対岸に撃ち出すシステムらしいんですけど、これにAI画像認識を噛ませて、外来魚だけを途中で弾き出すって離れ業までやってのけてます。他にも、ミツバチの「尻振りダンス(餌場を教え合う分散型最適化の動き)」のアルゴリズムが、そのまま現代のインターネットのサーバー割り当ての最適化に使われてるとか、もうSF超えてますね笑
- 最後に著者が強く訴えてるのが「サイエンス・コミュニケーション」の絶望的な不足です。いくら基礎研究が重要でも、「ただの知識の探求です」って象牙の塔に引きこもってたら、そりゃ予算も共感も得られないよと。ハエトリグモに化粧品のアイライナーを塗って観察してる変態的(もちろん褒め言葉)な研究者も紹介されてますけど、そういう「なんか面白そう」「かわいい」ってところから大衆の愛着を勝ち取っていく泥臭いプロモーション能力が、これからの専門家には絶対必要だと言っておられました
まとめとして、この本が突きつけてくるのは「セレンディピティを意図的にデザインすることはできないが、それを殺すことは簡単にできる」って点です。
ビジネスの現場でも、新規事業のワークショップなんかで「確実なロードマップ」と「明確なKPI」を求めすぎた結果、誰もが思いつくようなスケールの小さいアイデアに収束しちゃって萎えることって多々あるじゃないですか。2000年に、生きたカエルを強力な磁力で宙に浮かすっていう完全に悪ふざけみたいな実験でイグ・ノーベル賞をもらった物理学者が、そのあとに遊び半分でセロハンテープで炭素をペリペリ剥がしてたら究極の新素材「グラフェン」を見つけちゃって、ガチのノーベル賞まで獲ってしまったような歴史がすべてを物語っている気がしますね。
僕ら一般のビジネスパーソンも同じで、「それやって何の意味があるの?」ってロジックだけで自分の行動をガチガチに縛るのは、実はものすごくリスキーで貧弱な生存戦略なんじゃないかと思います。一見ムダに思える「遊び心」や、誰にも理解されない「個人的な執着」のなかにこそ、数年後の自分を劇的にアップデートするバイパス道路の入り口が隠れてるはずです。だからこそ、週末くらいはまったくROIの合わない「ばかばかしいこと」に全力で時間とお金をツッコんでいくのが、現代の正しいキャリアハックなんじゃないでしょうか。
そんなことを考えながら過ごす、曇り空の週末もよいものですね。
気になる方はぜひ読んでみてくださいませー。