
クリス・フレンチの『The Science of Weird Shit(奇妙な現象の科学)』を読みました。2024年にMIT Pressから出た一冊。著者はロンドン大学ゴールドスミス校の名誉教授で、「変則心理学(Anomalistic Psychology)」っていう、要は「幽霊とか宇宙人とかの怪奇現象を、人間のまともな心理学で解き明かそうぜ」っていう分野の重鎮でございます。
個人的には、「非合理なものをどう扱うか」にはずっと興味があるんですが、本書はまさにそのド真ん中を射抜いてくれました。
- 超常現象を信じる人を「バカな奴らだ」と冷笑しないのが本書のスタンス。むしろ、それらは「人間の脳という高度な情報処理システムが正常に動いた結果として生じるエラー」だと言い切っているのが面白い。つまり、幽霊を見るのは脳が壊れているからじゃなく、むしろ脳が優秀すぎて「何もないところに意味を見出そうとしすぎた」結果だ、と
- 「エイリアン・アブダクション(宇宙人による誘拐)」の正体は、高確率で「睡眠麻痺(金縛り)」と「偽記憶」のコンボ。脳は覚醒してるのに体が動かないパニック状態のとき、脳はその異常事態を説明するために、その時の文化で一番しっくりくるストーリーを採用する。昔なら「悪魔」や「魔女」だったのが、現代では「宇宙人」にアップデートされただけ。ケネス・アーノルド事件の「空飛ぶ円盤」の誤報が、世界中の人の知覚を書き換えた(トップダウン処理)って話は、メディアの影響力の恐ろしさを物語ってます
- 「こっくりさん」や「ダウジング」は、霊の仕業でもなんでもなく「観念運動効果」のせい。人間ってのは、ある方向に動くことを想像するだけで、無意識に微細な筋肉が動いちゃう生き物。本人は「動かしてない!」と本気で思ってるからこそ、そこに神秘を感じてしまう(これは、ビジネスの現場でも「自分が正しいと思い込んでいるバイアス」がいかに無意識にアウトプットを歪めているか、っていう教訓にもなりそう)
- 臨死体験(NDE)で見える「まばゆい光」や「トンネル」も、実は脳の低酸素状態(ハイポキシア)に伴う視覚異常で説明がつく。戦闘機パイロットのG訓練(G-LOC)でも同じ体験が報告されてるデータは、オカルト派にはぐうの音も出ない反証。「産道の記憶だ」っていうカール・セーガンの説を、帝王切開で生まれた人も同じ体験をするっていう統計で一蹴するあたりが、フレンチ教授の容赦のなさが光ります
- 「予知夢」や「シンクロニシティ」の正体は、単なる確率論(真に巨大な数の法則)にすぎない。世界中で何十億人もいれば、数百万分の一の偶然なんて毎日どこかで必ず起きる。脳は「外れた無数の夢」を秒で忘れて、「当たった一回」だけを「運命だ!」と大騒ぎする。これを「確証バイアス」と呼ぶわけですが、私たちは自分たちが思っている以上に、都合のいい記憶の改ざん(DJが曲をリミックスするようなもん、とのこと)を繰り返しながら生きてるわけ
- 本書が最も警鐘を鳴らしているのは、この「脳のバグ」が現代のフェイクニュースや陰謀論の温床になっている点。超常現象を信じる心理プロセスと、根拠のないワクチン陰謀論や政治的プロパガンダを信じ込むプロセスは、根底では全く同じ。一度信じ込んでしまうと、反証を提示されるほど逆に信念を強めてしまう「バックファイア効果」までセットになってるのが、現代社会の厄介なところですね
- 最後に、著者は「知的謙虚さ」の重要性を説いている。科学的懐疑主義者でありながら、「自分が間違っている可能性」に対して常にオープンであれ、と。これは一人の人間として、胸に刻んでおきたい姿勢
この本を読んで改めて突きつけられるのは「私たちの記憶や知覚は、ビデオカメラのような客観的な記録装置ではない」という残酷な事実。
私たちは「自分の目で見たもの」や「自分の記憶」を絶対視しがちですが、実際には、過去の経験や文化的な期待によって激しく加工された「自分専用のVR空間」を見ているにすぎない。スプーン曲げを「触れずに曲がった」と記憶が書き換えられるように、私たちは自分にとって心地よいストーリーを維持するために、現実を平気で捏造する生き物なんですね。
これを、ビジネスや日常生活でどう活かすかと考えてみると、「自分の『確信』を疑うコストを惜しまない」ってことに尽きるのではないかと。
例えば、誰かと意見が対立したときや、直感で「これは正しい!」と思ったとき、一呼吸置いて「これは俺の脳が勝手に作り出した『円盤(思い込み)』じゃないか?」と自問してみる。特に、自分が情熱を注いでいるプロジェクトや、強い感情を抱いている相手に対してほど、この「変則心理学的視点」が必要になるはず。
また、陰謀論やフェイクニュースにハマっている人を論理で説得しようとしても無駄(バックファイア効果があるから)っていう知見も重要。真正面から殴り合うんじゃなく、相手の防御反応を下げながら、別の視点を「置いておく」くらいの余裕が必要なんでしょう。
結論として、この本はオカルト批判の本に非ず。むしろ、自分の脳がいかに脆弱で、愛すべき「バグ」に満ちているかを知るための、極上の人間理解ガイド、みたいな印象でしたね。自分の記憶すら疑い始めたとき、ようやく私たちは本当の意味で「考える」スタートラインに立てるのかもしれないですねぇ。