
『世界は〈モノ作り〉でできている(Your Life Is Manufactured)』って本を読みました。著者のティム・ミンシャル先生はケンブリッジ大学のゴリゴリの製造・イノベーション研究者でして、本書は製造業を単なる「工場の中でモノを組み立てる仕事」ではなく、私たちの生活を支える「巨大な社会技術システム」なんだ、として捉え直した一冊です。
私たちは普段、スマホやトイレットペーパーが「どうやって自分の手元に来るのか」なんて深く考えないじゃないですか。が、この本を読んで、私たちがどれだけ「見えないシステム」にどっぷり依存し、かつそのシステムがどれほど脆弱な綱渡りの上に成り立っているかを見せつけられましたね。
- サプライ「チェーン」なんてものは存在しない、あれは「網」である
よく「サプライチェーンの分断が〜」なんて言いますが、そもそも「チェーン(一本の鎖)」というイメージ自体が間違っている、と著者は指摘しています。例えばスマホなんて、部品や材料の移動距離を全部足すと約25万km、なんと地球6周分にもなるそうな。数千の部品メーカー、素材メーカー、物流業者が複雑に絡み合う「ネットワーク(網)」なんですな。 私たちが普段、ヤマト運輸や佐川急便でサクッと荷物を受け取れているのも、この果てしなく巨大な網の「最後の数キロ」を見ているに過ぎません。スエズ運河が詰まったり、どこか一つの港が止まったり、あるいは名もなきTier 3の部品工場が被災するだけで、最新のiPhoneもEVもパタリと生産が止まる。これが「ネットワーク」の恐ろしいリアルってわけですね。 - 「究極の効率化」は「究極の脆弱性」を生む
コロナ禍のトイレットペーパー騒動を覚えている方も多いはず。あれは、単に「みんなが買い占めたから」だけじゃなくて、生産システム側の問題でもある。現代の製造業は「在庫=悪」「ムダ=悪」として、限界まで無駄を削ぎ落とした「筋肉質」なシステムを作ってきました。でもこれは、裏を返せば「ちょっとでも想定外のショックが来たら即死する、免疫力ゼロのガリガリな状態」ってこと。 企業単位での「効率化」が、社会全体での「脆弱性」を作り出している。いざという時に別ルートで調達したり、生産ラインを切り替えたりする「冗長性(遊び)」をコストカットの名目で切り捨ててきたツケが、危機に直面した時に一気に噴出する。 - AIもクラウドも、所詮は「泥臭い物理」の上に成り立っている
この本で一番痺れたのが、「デジタル化=物質からの解放」という幻想をバッサリ斬り捨てている点です。AIだ、クラウドだ、デジタルツインだと言っても、結局それを動かしているのはデータセンターであり、半導体であり、膨大な電力です。 実際、最新のAIを動かすデータセンターなんかは、サーバーの異常な発熱をどう冷ますかという、極めて物理的な問題に直面しています。空調じゃ追いつかなくて、冷却水を直接サーバーに循環させるDLC(Direct Liquid Cooling)やCDU(冷却水分配ユニット)みたいな、水冷エンジンのようなゴリゴリのハードウェア技術が不可欠になっているわけです。つまり、私たちが「デジタル」に依存すればするほど、裏側では「超特殊で物理的な製造基盤」への依存が深まっているという皮肉な構造があるんですな。 - 環境問題の解は「リサイクル」ではなく「システム全体の再設計」
製造業(産業部門)は世界のCO2排出量の約37%を占める大ボスです。で、よく「リサイクル(資源回収)すればいいんでしょ?」って言われがちですが、著者はもっと手前を見ろと指摘します。せっかく膨大なエネルギーを使って組み立てたモノを、わざわざ壊して素材に戻すリサイクルは「最後の手段」です。 それよりも、設計段階から「長く使えるか」「修理しやすいか(接着剤でガチガチに固められてないか)」「部品だけ交換できるか」を考える方がよっぽどエコ。さらに言えば、私たちが「安いから」と使い捨てるファストファッションの裏には、約9,400万人の衣料産業労働者(多くがアジアの低賃金労働)がいるという「労働力の搾取」という事実もあります。「安い」には必ず裏がある。コストを環境や労働者に押し付けているだけなんですね。
本書が突きつけてくるのは、「モノの価格タグの向こう側を直視しろ」という強烈なメッセージです。
私たちは普段、「安くて、早くて、品質がいい」ものを求めますよね(当たり前ですけど)。が、その単一のKPIだけでシステムを最適化し続けた結果、ちょっとしたパンデミックや地政学的なショックでモノが手に入らなくなり、気候変動は悪化し、どこかの国の労働者が割を食うというディストピアが完成しつつあります。
じゃあ、明日からどうすればいいのか? ビジネスパーソンであれば、自社の調達やDXの考え方を変える必要があります。流行りの「AIによる需要予測システム」を何千万円もかけて導入する前に、まずは安価なセンサー(Raspberry Piとか)を現場につけて、「工場のどこでモノが滞留しているのか」という泥臭いデータを拾うところから始めるべきです。そして調達においては「最安値」だけでなく、「ここが止まったら復旧に何ヶ月かかるか」というレジリエンス指標を組み込まないとマジで会社が傾く時代です。
そして一人の生活者としては、「KPIの多目的化」を買い物に持ち込むこと。「1万円で2年で壊れるモノ」と「1万5千円で8年使えるモノ」があったら、迷わず後者を選ぶ。修理しながら使う。見えない世界(物流、労働、環境負荷)に思いを馳せ、自分の購買行動がどのシステムに投票しているのかを意識する。
結局のところ、社会の仕組みを変えるのは一部の天才の発明ではなく、私たち一人ひとりの「システムの捉え方」のアップデートなんだと、そんな風にゴツゴツと心を揺さぶられる一冊でございました。