「適者生存」はもう古い? 極限の氷の世界から学ぶ「レジリエンスの科学」

Ends of the Earth』って本を読みました。著者はニール・シュービン博士。「ティクターリク」っていう、魚が陸に上がる進化の過程をつなぐ化石を見つけたことで有名な古生物学者っすね。以前にベストセラーになった「Your Inner FIsh」の人といえばピンとくる方もいるかもしれませんね。

で、この本が何を言ってるかと言いますと、一言で言えば「氷の世界はただの不毛な大地じゃなくて、地球の過去と未来を映すタイムマシンであり、最強のサバイバル教室だ!」ってとこになります。

北極や南極の話というと、「遠い世界の環境の話でしょ?」と思われがちですが、本書はもっと泥臭くて、かつ哲学的な「生命のしぶとさ」に焦点が当たっていて、非常に刺激的でした。

  • まず最初に面白いのが、「氷は生きている」という視点。シュービン博士によると、極地の氷は静なる物質ではなく、パチパチと音を立て(閉じ込められた太古の空気が弾ける音)、地球の気温を調整する巨大なサーモスタットとして機能しているとのこと。しかも、南極の氷床の下には「ボストーク湖」のような巨大な湖があり、そこでは数百万年も隔離された微生物たちが、光合成もなしに岩石を食べて生き延びている。一見、死の世界に見える場所でも、生命はとんでもない方法でルートを見つけ出している
  • 本書で一番刺さった概念が、「適者生存(Survival of the Fittest)」から「回復力の生存(Survival of the Resilient)」へのパラダイムシフト。熱帯のような競争が激しい場所では他者を出し抜く能力(Fit)が重要だが、極地のように物理的環境が理不尽なまでに過酷な場所では、「どれだけ優秀か」よりも「どれだけダメージから回復できるか(Resilient)」が生死を分ける。これは現代のビジネス環境にも通じる話で、最適化しすぎたシステムは環境激変に弱く、むしろ少しの遊びや回復力を持ったシステムこそが生き残るという示唆を感じる
  • 生物のイノベーション事例として、「不凍タンパク質」の話が面白かった。南極の魚は、血液の中に氷の結晶ができ始めると、この特殊なタンパク質が氷にくっついて物理的に成長を止めるらしい。進化ってのは、「より強く」なることだけじゃなく、環境という物理的な壁に対して「化学的なハック」で対抗することでもあるんだなーと。これを「進化の軍拡競争」ではなく「環境への発明」と捉える視点は新鮮だった
  • 南極が「隕石の自動収集装置」になっているという話も興味深い。氷床がベルトコンベアのように動き、山脈にぶつかって氷が昇華すると、中に埋もれていた隕石だけが表面に取り残される仕組みになっている。おかげで南極は、月や火星の岩石、さらには太陽系ができる前の粒子まで拾える「宇宙のアーカイブ」になっているとのこと。氷の流れそのものが、一種の巨大な選別システムとして機能しているわけっすね。
  • 一方で、気候変動のリスクについてはかなりゾッとする話も多い。北極は他の地域の4〜7倍の速さで温暖化が進む「北極増幅」が起きており、永久凍土が溶けることで、3万年前の「巨大ウイルス」が目を覚ますリスクがあるという。実際に実験室レベルでは感染力が復活した事例もあるそうで、SFホラーみたいな話が現実に起こりうるリスクとして提示されている。これは単に「暑くなる」だけの問題じゃなく、封印されていた過去の遺物が解き放たれるパンドラの箱だと言える
  • 著者が提示する「極地サバイバルの7つのルール」は、そのまま人生訓として使える。特に「Think inside the box(箱の中で考えろ)」というルールが秀逸。普通は「枠にとらわれるな(Outside the box)」と言われるが、極地で道具が足りない時にそんなことを言っても死ぬだけ。手持ちの道具(箱の中身)だけでどうにかする「ブリコラージュ(あり合わせの道具でなんとかする能力)」こそが、真の創造性だという主張には強く頷かされた

ということで、単なる科学ノンフィクションの枠を超えて、「不確実な世界をどう生きるか?」という戦略書としても読める一冊になってるんじゃないでしょうか。そういう視点で見ると、この本を読んで思ったのは、「今の私たちの社会環境って、熱帯雨林より極地に近いんじゃないか?」ってことです。

つまり、現代は、AIの台頭、市場の激変、パンデミック...これらは予測不能な「嵐」であり、ライバル企業との競争(適者生存)以前に、環境そのものが私たちを殺しにきている状況。そんな中で「他社より1%効率化しました」とか「TOEICの点数が上がりました」みたいなスペック競争(Fitness)をするのは、ブリザードの中で筋トレしてるようなもんで、ちょっとズレてる気がするんですよね。

それを踏まえて本書の教訓を現代に適用するのなら、以下の3つの「極地的思考」あたりは有効かもしれません。

  1. 「最適化」より「冗長性」:南極の微生物や魚たちが生き残ったのは、彼らが「最強」だったからではなく、極端な変化に耐えうる「バッファ」を持っていたから。ビジネスでも、スケジュールや資金をギリギリまで切り詰めて効率化(最適化)すると、想定外のトラブル一発で即死。「無駄」に見える余白こそが、非常時の「不凍タンパク質」になる(かもしれない)
  2. 「ないものねだり」をやめて「ブリコラージュ」せよ:シュービン博士の「Think inside the box」は、リソース不足に嘆く現代人への強烈な皮肉でもある。「もっと予算があれば」「もっといい人材がいれば」と嘆く前に、今ある手持ちのカード(既存の社員、既存のデータ、古い機材)を組み合わせて、全く新しい用途をでっち上げる。この泥臭い工夫こそが、AIに代替されない人間本来の強みになるはず
  3. 冷える前に動け(予防の徹底):極地ルールの「Don't get cold(冷えるな)」は、一度冷えてしまったら回復に莫大なエネルギーを使うため、冷える前に対処せよという鉄則。これも仕事や健康と同じで、メンタルが折れてから休む、トラブルが起きてから対処するのでは遅い。「あ、なんか風向き変わったな」と感じた瞬間に、まだ余裕があるうちに防寒着を着る(対策を打つ)。この「予兆への感度」こそが、回復力の源となる

結論として、私たちは「強くなる」ことよりも、極地の苔や魚のように「しぶとく、ちゃっかり生き延びる」ことを目指すべきなのかもしれません。氷の下で静かに時を待つ彼らの生存戦略は、意識高い系のビジネス書よりもよほど現実的で、勇気をくれるものでございました。

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